勝っているときに祈り、負けているときに恐怖せよ

なにかの本で読んだ言葉であるが、名言である。

ジェシー・バリモアの言葉のようだが、

正確には

人は願わなければならない時に恐れ、恐れなければならない時に願う。

である。

これは相場における心の在り方を示したものである。

相場においての恐怖と願い、というのは、含み損、含み益、というのに置き換えられる。

普通の人は自分のポジションと逆行し含み損をかかえたとき
相場が戻ることを祈り、ポジションを握り続ける。

俗にいうお祈りトレードである。

逆にポジション思惑通りとなり、
利益が伸びているときほど
その利益を失うことを恐れ、利食いが早くなる。

掲題の言葉は、その感情の動きを逆にせよ、という話である。

含み益があるときに、それが失われることを恐れるのではなく
むしろ、それが伸びることを願い、
含み損があるときには、それが戻ると願うのではなく
さらに含み損が膨らむことを恐れ、早々と逃げよ、ということである。

人の感情は、勝っているときには守りに入り
負けているときは、攻めになる。

ギャンブルなど特にそうで
勝っているときは、勝ち額を守るために、
賭け金も保守的になるが、
負けているときは、一発逆転を狙い、大きな賭けにでがちとなる。

行動経済学などのプロスペクト理論などでよく説明されるが

相場に当てはめると、人は感情のままにトレードすると
利食いを早め、損切を遅らせてしまう。

相場の初歩でよく語られるのが、損小利大であるが、
人間の感情に照らすと、これが最も難しい。

基本、人は利食いは早く、損切は遅れてしまうので、
なんの感情的な制御も意識していないと
自動的に損大利小となってしまうのである。

利食いを伸ばそうとホールドしてしまったおかげで
その利益が失われるどころか、結果、損切になる
といったような、経験をしてしまうと
なおさら利食いは早くなり、

損切りしなかったことで、相場が戻り、利益とできたり
損切りしたあと、相場が戻り、損失を確定させて後悔する。
といったような経験をしてしまうと、
なおさら損切は遅くなる。

しかも、為替相場というものは、特に、
相手の損切りを狙いあって、金を奪い合うゲームであるがゆえに

しっかりと考えた損切ほど、しっかりと狙われて
その後相場が戻ったりするものだから、なおさらたちが悪い。

ただ、その鬼畜同様の損切りであっても、
当初、そこを損切りと見立てていたならば、それを受け入れるしかなく、

また利益目標についても、
そこに届かず利益を損なったり、場合によっては失ったとしても
そこまではホールドする。

こういう規律を繰り返すことが、
常に確率で勝負か決まる相場の世界では重要なことのように思う。

とはいえ、自分もまだまだ利食いが早すぎる面があるので
そこは対策せねばならない。

適切な方法としては、損切は短い足で見て、利食いは長い足で見る
ということが語られたりするが、それもベターな方法だと思う。

もしくは、OCO注文を置いて、あとは相場を見ない、というのも悪くないアイデアである。